抗がん剤治療の合間を縫って
月に一度は家に帰るようになっていました。
毎日病院の中にいると、季節感がなくなってきます。
だからたまに外に出たときの空気の変化にはいつも驚いていました。
外に出た瞬間の空気を感じて、その季節をやっと体に取り入れます。
普段生活していると
暑いのも寒いのも雨が降るのも、嫌だな~って思ったりしますよね。
でもたまにしかそういう空気を感じられない状況になると、
すべてが愛おしくなります。
5月の空の蒼さとかまだ少し肌寒い空気。
6月の雨の音や匂い、じめっとした感触。
7月のじりじりと焼かれるような陽射し。
8月の外に出た瞬間のむわっとした熱気。
なんかね、それを感じられることに感動して、泣いたことが何度もあります。
今までずっと何も思わずに、季節が巡るのが当たり前だと思っていたけど、
病気になって、予後は厳しいかもしれないって思った途端に惜しくなるんです。
失って初めて当たり前じゃないことを知りました。
結果的に効く薬があって、手術が成功して、
再発も転移もなく今を生きることができています。
でも、これが最後に感じる夏かもしれない、
あのときはほんとにそう思っていました。
見るものも触れるものも、
最後かもしれないって思うなんて、ちょっと悲しい時間ですが、
そう思うと五感がフル稼働します。
一生懸命目に焼き付けました。
味も匂いも感触も、すべてを覚えておこうっていう想いでいっぱいでした。
だから、たまにできる外出が楽しみで仕方なかった。
白血球が少なくなって感染のリスクがあるし、
体力も落ちているから、別にどこに行くわけでもないです。
ただ実家に帰って、家族が働いているのを見たり(自営業なので)
母のおいしいご飯を食べたり、姉妹と並んで寝るっていう、
みんなと同じことができることが、幸せでした。
父も母も姉妹も、優しい言葉なんてかけてくれなかったけど、
髪の毛が抜けて、いつも痩せて帰ってくる私のことを
いつも通り憎まれ口叩きながら迎えてくれたことが
彼らの優しさだったと思います。
家族との緊張感のない空気とか、家の匂いとか
壁の傷とか騒がしいなぁと思っていたみんなの声とか。
大切なものって、高級なところとか遠いところにあるんじゃなくて、
こんなに身近にいっぱいあるんですね。
私がこうして今元気でいられるのは、
この家族のおかげです。
また帰ってきたい、もっと一緒にいたいって思わせてくれたことが
治療を続ける勇気になりました。
だから今改めて、ありがとう。