人生出会いがあればその分別れもあるけれど
あるときから
人との別れというものに
あまり寂しさを感じなくなりました
なんて冷たい人って思われるかもしれませんが
「別れは寂しい」という感情が
別の形に変わったっていうほうが正しいかな
それは一緒に闘病していた仲間が亡くなったときから
彼女はいつも前向きでした
足にできた腫瘍を切除して
でも再発して切断することになってしまったときも
片足でも屈伸できるようになったよーって言いながら
みんなの前で屈伸を始める人でした
治療のことや副作用のこと
本当なら話しづらいことも
明るい話題に変えて病室の人みんなを楽しませてくれました
彼女のお子さんが小学校にあがった4月
胸水が貯まってしまうので
胸にドレーンを挿入して
そのまま入学式に駆けつけていました
せめて子供が20歳になるまでは生きたい
そう言っていた彼女は
その4月の終わりに天国に逝ってしまいました
このときの喪失感がものすごく大きくて
どうして彼女ががんに飲まれてしまったのか
私は生きてて彼女は亡くなった
その違いがわからなくて
もう会えないという悲しみにしばらく茫然としていました
あのときから
大学の卒業式や(当時は大学生だったので)
同僚が転職していくときや
自分が転職していくとき
周りは寂しいよーって言ってくれるけど
寂しいと思わなくなっている自分に気が付きました
だって生きていれば会えるから
寂しいと思うなら会えばいいじゃない
連絡とる手段ならいくらでもあるし
たとえ遠く離れた場所にいたって
会おうと思えば会える便利な世の中じゃない
もう会えない人のことを思ったら
寂しいね、なんて言葉が軽く思えて
私は言えなくなっていました
だから仲良かった人や
また会いたい人には
「寂しくなるね」じゃなくて
「また会おうね」って言うんです
それでまた会うんです
「寂しい」という感情を
「会いたい」っていう感情に置き換えて
そう伝えるようになりました
もちろん環境がお互いに違うわけだから
すぐに予定が合うわけでもないけれど
でも寂しいという感情は
もう会えなくなった人にしか使っていません